岡の上33

それからというもの、毎夜のように、陰気な聖書の声が聞こえ出して、もう、とても安眠することはできない。

いっそのこと、結婚した当時のように、もう一度、彼女と並んで寝てみたらどうであろう・・・こう思い返して、私はそうやってみたが、ますますいけないのです!

夜がふけるとともに、眼はいよいよ冴えてくる。

私の傍らに横たわっている彼女の身体は、まるで石のように冷たく感じられ、次第次第に私の身体の熱までが冷えていくようで、もし今夜一晩、彼女と同衾しているならば、あの美しい花を見て不愉快を覚え、暖かい酒に触れて甘いと感じる私の神経は、もう二度と再び、そういう微妙な働きをすることができないように、だんだんに無感覚になっていくように思われる。

私は一生懸命にてのひらで、自分の皮膚を摩擦して、多少の熱を得たいと思って試したが、それも無駄であった。

私はもしここで眼を閉じて眠ってしまったなら、きっとそのまま、死んでいくに違いない・・・明日の朝、暖かい太陽が花園の花を照らしても、鳥が歌いだしても、私はもう、それらを見聞きすることはできないだろうというような心地がして、ただもう恐ろしくて、眼をつぶることができないのです。


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# by humihikomama | 2015-11-26 21:46 | 岡の上 | Comments(0)

岡の上32

ある夜、私は睡眠中に不意に、何か、物音を聞きつけたように思って、びっくりして目を覚ましましたが、すると、いつの間にか、彼女が真っ白な看護婦の服を着て、ちゃんと私の枕元に座っているような気がするかと思うと、たちまち、どこからともなく、聖書を読むような声が聞こえる。

いや、その声の陰気なこと、気味の悪いことといったら、もう、お話にはなりません。
私は覚えず、寝床から飛び起きるやいなや、枕元のマッチをさぐり取って、電灯をつけた。

誰もいるはずがありません。ただ、もう、しんしんとした夜です。


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# by humihikomama | 2015-11-25 19:53 | 岡の上 | Comments(0)

岡の上31

とは言っても、私はこのままに打ち捨ててはおけない、一度、妻を選んだからには、どうしても彼女を愛さなくてはならないのですから、私はもう、半分は夢中で、どうにかして彼女に対する嫌悪の情を取り去りたいと、焦れば焦るほど、事実は、ますます憎くなるばかりなので、ついには、何となく気が変になったように思われました。
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# by humihikomama | 2015-11-25 19:38 | 岡の上 | Comments(0)

岡の上30

彼女は何にも言わず、また少しも素振りには現さなかったが、あの沈んだ伏し目で、もうとっくに何もかも、知り抜いているらしく見えました。

私はやがて、彼女を恐れるようになり、できるだけ彼女の目から遠ざかろうとしたのです。

すると、どうでしょう。

彼女はそれを、すでに見抜いていると見えて、向こうから見せないようにと、一日中、自分の部屋に閉じこもってしまったのです。

私は実に、何とも言えません。

ただもう、泣きたいような心持になりました。


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# by humihikomama | 2015-11-24 20:08 | 岡の上 | Comments(0)

岡の上29

実につまらない事件である。
しかし、私の身には、まさしく非常な大事件です。

私はこの日から、自分では意識しない間に、たえず、以前の華美な生涯を回想し始めた。

私の耳には、音楽や美人のささやきが聞こえ、目には、赤いドレスの裾の、ひるがえっている様子が見える。

するともう、以前の決心はどこへやら、消滅してしまった。

私は、自分の身を救ってくれる神の化身とまで尊敬し、自ら強いて妻と選んだ彼女のことを、露ばかりも脳中に置かないようになった・・・・・・単にそれだけならば、まだよい。

私は、なんという事であろう、次第に、彼女を嫌う程度を増してきたんです。

私は、一心に、この悪い心をなくそうと試みた、と同時に、彼女に対して、この精神の変化を知らせないように、非常に苦心した。

しかし、何もかも、無駄らしかったのです。


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# by humihikomama | 2015-11-24 20:03 | 岡の上 | Comments(0)